水着がもたらした発見

最後に水着を着たのはいつだろう。
確か高校の授業でも、水泳が必修だったのは2年次までだったから、高2の夏が最後だったろうか。
あれは何の変哲もない学校用の水着だった。

そう言えば、温泉レジャー施設に行った時に水着をレンタルさせられたから、あれが最後か。
あれも、全然可愛くもなんともないへんなつなぎみたいなのだった。
それでももう5年以上前である。

何故私がそんなに水着を着る機会を設けてこなかったかといえば、それは単純に泳ぐ必要がないからである。
というのも、泳げないから泳ぐ必要がないのである。
それでもうずっと、海に行って泳ぐことも、プールにいくこともないのだろうなとぼんやり考えていた。

けれど、最近その考えを覆すことがあった。
たまたま知人と水着を見ることがあってそういう話になったのだが、世の中の人というのは、どうやら泳ぐために海に行くのではないようだ。
(プールに関しては、あれは泳ぐためのものだからまた別次元だが。)

泳げないから海には行かない、と私が言ったら、逆に、泳がないよと驚かれてしまった。
砂浜でたむろしたり、海岸のところで水遊びをしたり、せいぜい浮き輪で浮かんでいる程度らしい。
水の中に顔なんかつけない、ということらしい。

それは大変衝撃的な事実であった。
そういうわけであれば私だって行けたはずだ。
海と言えば絶好の青春の舞台であるのに、何たることか。

私は何回か分の夏の思い出を棒に振った、という訳である。
今からでもまだ間に合うか、時既に遅しではないか、と半ば心配ではあるが、今年こそ遅ればせながら海デビューしてみようか、と考えている次第である…。

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